新しい書き込みを読む メニューに戻る

1月14日(日)

ボクは 駄じゃれが好きである。正確には、好きだった。
しかし、結婚してからは駄じゃれを言うと家内が白い目で見るので、 あまり言わなくなってしまった。
説教の中で駄じゃれを言う人もいるが、 自分は根が真面目なのかあまり出せない。(本当です)
いや、正直言うと、時々受けを狙いたくなる気持ちもある。
でも、受けなかった時が恐いので、小心者のボクは控えてしまう。
しかし、時々持ち前の駄じゃれ精神(そんなのあるか)が顔を出す。

今日、教会でお昼の準備をしていた。
その日はお昼は各自調達の日なので、買い出しに行く人あり、持ち込みあり。
我が家は余り物のスパゲッティー・ソースがあったので、
スパゲッティーを一箱持ってきた。
家内がその時忙しそうだったから、
お腹が空いたボクは自分で茹でることにした。
何を隠そう、スパゲッティーを茹でるのは得意である。
もしかしたら、家内にそうおだてられて、自ら買って出るように仕向けられているだけ、かもしれないが。
とにかく、その日もお湯を沸かして、麺を茹でていた。
真ん中に芯が残るか残らないかで火を止めると、「しこしこ」のアルデンテ!
その時、ふと自問自答。
    「なんでボクはスパゲッティーを茹でるのが得意なのか?
    それは、牧師だからだ」
なんて、自分で(小声で)言って自分でウケていた。
(側に誰もいなくてよかったよ、まったく)

常々説教の中でしたいと思っているのは、誰も気が付かない洒落やジョーク。
自分だけにしか分からない冗談を言って、心の中でほくそえむ。
(暗いヤツ!)
もしかしたら、一人か二人くらい、数秒してから気が付く。
そんな高度(?)なジョークを言いたい。
(そんな事ばっかり考えているのではありません、念のため)

でも、いい話を思い付いても、まさかそれに合わせて説教を変えるわけはいかない。
だから、その内忘れてしまう。
これではいけない。精神衛生上も良く無い!
せっかくだから書き残そう。

そんなわけで、このコーナーは くだらない駄じゃれや恥をかいたことなど、 いつかは使いたいけどきっとお蔵入りだ と思うことを書き留めるところです。
ついでですが、なんでそれが駄じゃれなのか、なんて質問しないで下さい。
おやじギャグを解説するほど恥ずかしいことはないので。

メニューに戻る

4月15日(月)

夜中に肩が痛くて寝付けなかった。
今朝もまだ痛い。
四十肩ではない。五十肩じゃあ、絶対無い!
これはれっきとした筋肉痛である。(威張るな!)
昨日、教会恒例のスポーツ大会に新しい人がたくさん来てくれたので、つい嬉しくなって無理をしたらしい。

ボクは肩が弱い。
生まれつきかは分からないが、親父がスポーツが全くダメなので、小さいときにキャッチボールもしてもらえなかった。
そして自分も親父に似て「運動音痴」である。(決して略して言ってはいけない)
それが、よせば良いのに、高校に入ってから軟式テニスを始めた。
別にカッコが良いからとか、女の子に持てたいから、なんて不純な動機ではない−−男子校だったし。
一つくらいは球技ができるようになりたかったから、だろう。
しかし、やはり下手だった。

ある日、スマッシュの練習をしていた。
レシーブとかボレーとかは、上手とは言わないが、自分ではまあまあと思っていた。
しかし、サーブとかスマッシュなど、肩を使うワザは苦手だ。
でも、運動部だから、そんなことは根性で何とかせねば。
そんなわけで、スマッシュの練習をしていた、その時のこと。

ボールがポーンと上に上がって、落下地点に向かってササッと走っていく。
自慢ではないが、走るの だけ は速い。
的確に落下地点に行って落ちてくるのを待つ。
そして、落ちてくるボールをスパーンと打った−−つもり。
しかし、スパーンではなくスカッ。見事な空振り。(あなた、読んでいて期待したでしょ。)
そして、あろうことか、ボールは頭の上に落ちて弾んだ。
正しい位置にいたことはボールが頭に当たったことで証明される。
タイミングがちょっと悪かった、だけ。
でも、タイミングが悪いと全くダメ なのがスポーツである。
後ろで見ていた先輩は腹を抱えてひっくり返って笑っていた。

以来、やはりスマッシュが苦手で、ボールが上に上がったら、後衛に「まかせたっ」。
おかげで、余計に肩が訓練されなかった。

話がそれたが、とにかく肩が弱い。
バレーボールでも、一日に一回しか使ってはいけない。
ガラスの肩、と言うと聞こえが良いが、使い捨てカメラと同じ一回きり。
それが、つい張り切って、失敗も含めると四、五回はスパイクを打ってしまった。
それで、肩が痛いのである。

それでも、実は喜んでいる。(少女ポリアンナではない。#「パレアナ」と呼ぶ人もいる)
いつもなら2、3日してから痛くなって、やっぱり歳をとると痛みが来るのが遅くなるんだ、と落ち込む。
ところが、今回はすぐに痛くなった。
まだまだ、若いではないか。

なさけない喜びである。


1月16日
手首と足がいたくなってきた。
やっぱり、歳だ。
チェッ

メニューに戻る

1月19日

毎日「面白い」ことを書けるとは思わないので、
まあ、時々ですね。(#良いわけしているぞ)

讃美歌や聖歌の歌詞というのは、ほとんど文語で書かれているので、
若い人には分かりづらいかもしれない。
(「若い人」なんて言うこと自体、自分が年寄りだと言っているようなもの)

何を隠そう、僕も子どものころは良く分からない歌詞があった。
それが大人になって意味が分かると、他の人には言わなくて良かった、と思うことがよくある。

聖歌590番2節に、
「さかみちにつよきみてをさしのべ」という歌詞がある。
「坂道に強き御手」と聞いて、
「神様の手は、坂道でも平気な強い手なんだ」(#4WDみたい)
と、考えていた。
本当は、
例え、自分が坂道のような辛い状況にいても、
神様は力強い手をさしのべて助けて下さる、ということ。
子供には、そこまでの深い読みはできるはずがない。
他にも、聖歌490番で
「絶えず主イエスの手によりすがらん」を
「そーか、自分の力ではなくって、
イエス様の手によって、すがっていけばいいんだな。」
これは深読みしすぎ。(#息継ぎの場所が悪かったんだよ)

言葉の勘違いというのは実に良くある話。
「灯台下暗し」というのを
「灯台だって、できる前は暗かったんだ」(灯台、元、暗し?)
と思っていたのは妹です。

ボクもその手の間違いはたくさんあるのだが、
人迷惑な間違いをすることも多い。
分からない事でも、「きっと、こうに違いない」と思って、
それを人に「説明」する。
説明しているうちに自分でも半分くらい納得してくるので、
相手も説得してしまうことがある。
自分は後からあれは間違いだったと気づくが、
相手はもしかしたらそのままかもしれない。
昔、よく妹が犠牲者になった。
最近は家内だが、彼女は手強く、あまりボクを信用していないようである。

一部ではすでに有名な話だが。
長野オリンピックの時のこと(何年前だっけ?)、アメリカでテレビを見ていた。
あまり日本選手のことは放映しないので、しかたなくアメリカ人の競技を見ていた。
すると、アナウンサーがしきりに「ピカブー・ストリート」と言っている。
家内が、よせば良いのに、「ねえ、ピカブー・ストリートって何?」と訊ねてきた。
聞かれたら答えたくなるではありませんか。(ロケット団みたい)

ところで、ピカブーというのは英語で、「いない、いない、バー」のこと。
そこで、ボクは考えた。
ちょうど、その時画面に出ていたのは、スキーヤーが上から坂を滑り降りるのだが、
その坂が波を打ったような形で、選手は画面に現れては隠れ、また現れる、
そんな状況だった。
そうだ、これが、ピカブーに違いない。
その坂が上から下までまっすぐにつながっている。
なるほど、これはストリート(通り)だ。
そこで、今、やっている競技の、別名(ほんとの名前はモーグル?)だ、
真面目に説明してやった。

そのうちに、アナウンサーの話を聞いていると、
どうもピカブー・ストリートというのはアメリカ人の選手の名前であることが判明。
他の種目の選手の名前を関係ないところでしゃべっているアナウンサーがいけないのだが。
また、信用を失った旦那であった。

よせばいいのに、家族の恥でも何でも家内はしゃべってしまう。
(自分だって一度は信じたくせに)
おかげで教会では有名な話になってしまった。

この手の勘違いは数限りなくあるはずだが、
幸か不幸か、ボクはほとんど忘れてしまう。
やはり書き留めておくに限る。

メニューに戻る

1月22日

話題の多さでは男性より女性の方が上だ。
なんて言うと性差別だなんて叱られるかもしれない。(#批判されるほど多くの人がここを見ていない、って?)
でも、少なくとも我が家ではそうだ。
大体、ボクは何でも忘れてしまう。

自称、ニワトリ以下の記憶力。
本当か知らんが、ニワトリは三歩歩くと忘れる。
ボクの場合は、立ち上がっただけで忘れる。
一、二歩歩いたら確実に覚えていない。
  「あれ、何をしようと思ったんだっけ」
歳をとったせいではない。(#最近ひどさが加速している)
子供の頃から物忘れが多くて、(#幼年性健忘症?)
通信簿にも書かれたことがある。
  「忘れ物が多い」
せっかく面白いことを思いついても、一瞬の内に忘れてしまう。(#オーバーだよ)
で、何の話だったっけ?

そうそう、家内は話題が豊富である。
ボクが忘れていることまで、覚えている。
ここに乗せるネタも彼女が思い出させてくれることがよくある。
ちなみに、忘れるけど、ちゃんと思い出すことができるので、
まだ、捨てたものではない。(#えばれない)

我が家の次女のこと。
あれは、2歳くらいのころだったかな。
次女は、意志が強いというか、頑固というか、言い出したら聞かないことがある。
別に我が儘ではない。
最近は親の方が権威があるのが分かったのか、ずいぶん聞き分けが良くなった。
しかし、そのころは大変だった。
長女は結構楽で、どんなにぐずっても、おしゃぶり か だっこで機嫌が直った。
ところが、次女の場合、代用品が利かない。
その彼女がある夜、夜中に急に泣き出した。
どうしたかと思ったら、
  「黄色いお花が欲しい!!!」

以前にも、夜中に急に起きて、「シリアル(コーンフレーク)が食べたい」。
そのときは、もうあやすのも面倒なので、
器にシリアルを入れ、牛乳をかけてやった。
そしたら、目は開けているが半分寝ながら、
黙々と食べていた。(#鬼気迫るものがありました、本当)

黄色いお花って、たぶん以前に教会の隣の空き地で
一緒にタンポポを取って遊んだのを覚えていたんだろう。
しかし、我が家のアパートの周りにはそんなの無い。
第一、季節が違った。そのときは、ちょっと肌寒い。
そんなこと説明してやっても、絶対聞かないんだから。
しかも、悪いことに、敵は「ネボケている」。
ボクはパジャマのまま、次女にも何かを羽織らせて、
行きましたよ、外に。
アパートの周りの駐車場を歩き回って、
どこにも花なんか咲いていないのを見せてから、
  「ほら、お花、無いでしょ。
   今は、夜だから、お花さんも寝ているんだよ。
   だから、また明日にしようね」
さすがに、ちょっと寒かったのか、
あるいは、小さいながらもなっとくしたのか、 次女は「うん」と頷いて、ベッドに戻ることができた。

これが、我が家の「黄色いお花」事件です。
他にも「赤と緑と紫の!!!」事件なんてのもあったっけ。

そういえば、長女も夜中に散歩したことがあったな。
あれは留学前に数ヶ月新宿の両親の内に間借りしていた時。
まだ、1歳だった長女は、引っ越し以来情緒不安定だった。
夜中に、突然泣き出して、「お家に帰る」
(正確に描写すると、まだしゃべれないので、遠くを指さして、「あっちにつれてって」と意志表示をするのである)
仕方ないので、娘をだっこして、パジャマのまま外に出た。
近所を歩き回って、しばらくすると、
夜の空気で涼しくなったのか、落ち着いて寝るのである。
そうです。北新宿の住宅街を夜中に子供をだっこして徘徊していたのは、私です。

なんで二人ともこんなだったのかな、と思って、
良く考えたら、実は、ボクも夜中に変なクセがあった。
寝言、である。
(#今でも寝言が多い、と誰かが言っている)
ある時、親戚の内に泊まりにいった夜のこと、
突然夜中に大きな声で言ったそうである。 「うるさいなー、眠れないよ」
うるさいのは自分だって。

メニューに戻る

2月8日 また、間が開いてしまった。
何でかなあー、と思ったら、「駄じゃれ」なんて書いたのがいけない。
何か良い(?)駄洒落は無いか、と考えてしまった。
駄洒落は考えるものではない。
つい、出てしまうものだった。
そんな訳で、あまり力を入れないことにした。
「雑日記」なんだから、何でもいいや。
受けを狙わないことにしたので、面白くないかもしれない。

メニューに戻る

2月9日
ここから下、本当は昨日載せるつもりが、忘れてしまった。
昨日の、本当におもろくないね。
題をつけました。

味音痴

誰でも美味しいものは好きである。
ただ、何が美味しいかの基準は個人差がある。
方向性(辛党か甘党か)の違いだけでなく、程度の差もある。
超グルメ志向の人もいれば、
そこそこ美味しければそれで良しとする人もいる。
僕は後者かもしれない。
好き嫌いはもちろんあるが、
出していただいた食事は(できるだけ)食べるようにとの躾は受けてきた。
だから、特に文句は言わないで食べる。
問題は、美味しい時も何も言わない。
そこで家内に叱られる。
やはり作った側としては「美味しい」と言って欲しいのが人情である。

別に不味いのではない。
ただ、美味しいと、喋る時間ももったいなくて、
ひたすら食べ続けるだけである。
(早食いも、家内に言われる、
「せっかく時間をかけて作ったのだから、ゆっくり食べて」)
もし、美味しくない、(じゃあ無くて)
もしくは個人的嗜好が料理の美味しさと違う方向を向いている場合は、
文句は言わずにひたすら頂く。
結果的にどちらも黙って食べるので、傍から見たら分からない。
どこが違うかといえば、
やはり美味しいときのほうが箸の進みが若干速い。
やっぱり、傍から見たら分からないだろうな。

もしかしたら、味音痴かもしれない。
ちょっとくらい悪くなっていても分からない。(鈍いだけ?)

むかし、残り物の蕎麦を食べた。
若干とろっとしてるかな、と思ったが、
美味しいことは美味しいので気にせずに食べた。(おつゆの味が美味しかった)
後で聞いたら、やっぱり腐りかけていたそうな。
いえ、胃が丈夫なのではない。
その証拠に、悪くなったおにぎりを食べたときは食中毒で一晩苦しんだ。

家内が妊娠中の頃、ある夜実家で食事を食べた。
そのときはデパートの食品売り場でおかずを買った。
ちょっと時間がたったからなのか、原因は不明。
食卓の上の「あるもの」を食べた。
ちょっと変な気もした。
考えたら、その時に気がつくべきだった。
ところが、父が「これは珍しい、漬物の牛肉巻きだね」と言うので、
そうか、そんなものもあるのか、と納得してしまった。(素直ー)
まあ、僕は漬物はそれほど好きで無かったので、あまり食べなかったが。
その時、母は嫁さんに「食べちゃだめよ」とこっそりと耳打ちしたそうだ。
確かにお腹の子に悪いだろうから、それは分かる。
だったら、なんで僕にも教えてくれない? (夫婦、及びに母子の断絶)
ちなみに、買った時は「野菜の牛肉巻き」でした。

メニューに戻る

2月10日

Eメール

便利な世の中だと思う。
夫婦そろって筆無精なので、つい、失礼ばかりしてしまう。
でも、Eメールだと、少し書きやすい。
多分、ぼくの場合、
(1)自分の汚い、下手な字を見なくてすむし、見せなくてすむ。
(2)辞書片手、消しゴム(ないし修正液)片手の必要がない。
おいおい、それじゃ両手がふさがるって?
とにかく漢字はコンピューターが変換してくれるし、編集は簡単。
(3)どこにいったか分からない封筒、住所録、切手、
その他もろもろを探さなくてよい。
(4)郵便局に行く手間が省けるし、
書いてから投函まで一週間もどこかに置きっぱなしにしなくてすむ。
などが理由でしょうか。

昔は、電子メールなどと言ったのでしょうか。
最近はメールといえばEメールのことで、
普通?の手紙はスネイルメール(カタツムリのように遅い手紙)と呼ぶ人もいるとか。
まあ、いろいろな問題もあるでしょうが、時代の流れでしょうね。

最初のころは家のPCは英語環境なので、
他のソフトで日本語を打って、そのファイルを添付する、
なんてややこしいことをしていたので、家内は面倒臭がっていた。
でも、日本語環境になったら、「日本語でメールが書ける。」
最近は家内もよくうつようになった。

今でも時々問題なのが、文字化け。
なんで、文字が化けて出てくるか、恨みでもあるのか、知らん。
とにかく、ある場合はだめである場合はよい。
同じ人からでも上手くいったり行かなかったり。
素人には分からないことだらけ。
聞けば、「相性」があるそうで、
確かにある特定のプロバイダーからのメールは成績が悪い。
そこで、違うメールアカウントを作ってみた。
それが泥沼の始まりとは知りもせずに。

ぼくのアドレスは普通はアメリカンオンライン(AOL)。
新しく作ったのはアースリンク(Earthlink)。
ところが、これがもっと問題で、文字化けの可能性が高いばかりか、
フォントを日本語に変える業も効かない。
そんな時、ホットメール(Hotmail)を知る。
こいつは結構よい。
それでも文字化けがなくなった訳ではないが、結構成績が良い。
ところが、そこで満足すればよいのに、
「他のはどうだろう」とつい手を広げてしまった。

アカウント名は、ここまではどれも同じ名前。
第一ぼくの名前はメジャーではないので、
誰も使っていないだろうと思っていたら、
いるんですね、おなじ名前。
ヤフーではもう誰かが使っていた。
そこで、ちょっと代えて登録。
もうひとつ英語版のヤフーでも作った。
もう一つ、ネットゼロというアメリカのプロバイダー、料金が無料。
将来のことを考えてもうひとつ。
まだ、他にも学校のアカウントもあるけど、
これはめったに使わない(不便だから)。
自分でもいくつあるのか危なくなってきた。

さら、拍車をかけたのが、複数のHPと掲示板。
どれもが、アカウント名と「パスワード」。
まさか全部同じパスワードという分けはいかないでしょ、やっぱり。
そこでいちいち違うパスワードを作っていった。
混乱しました。
全部紙に(!)書いてあるけど、
だんだん増えて来たので、ぐちゃぐちゃに書いてある。
そして、どのアカウントも時々は開いて見なければならない。
まあ、人とのやり取りは2つのアドレスだけなんだけど。
でも、事務的な連絡もあるから、週に一回は除いてみる。

ぼくは特定のメーラーは使っていない。
アウトルックは万が一ウイルスに感染した場合、
人様に迷惑を振りまく恐れがあるので、使わない。
大体のWEBメールはネット上に過去のメールを保存してある。
でも、もしサーバーがダウンしたら、全部なくなるじゃないか。
(自分のコンピューターがクラッシュするより可能性が低いと思うが)
そこで、できるだけ大事なメールは転送して
他のアカウントにも振り分けることにした。
でもいちいち他のアドレスを書いて、送って、は面倒。
そこで、思い付いた。(下手な考え休むに似たり。生兵法は怪我のもと)
メーリングリストなるものがあると聞く。
そこに送ったら自動的に他のアドレスにも送ってくれるじゃあないか。
そこで、MLにも一つアカウントを作って、パスワードを作って……。

メニューに戻る

2月13日

大阪弁

ボクは江戸っ子である。しかも三代続いた。
なんて威張っても、途中から引っ越したので、
埼玉人でもある。(埼玉系江戸っ子?)
シカゴ生活も長いので、もう純粋な江戸っ子ではない。

そんな訳で、自分では標準語(ホントは江戸弁)を使ってると思ってる。
語彙、発音ともに自分が正しいと思い込んでいて、
時々、広島産の家内に間違いを指摘されると、憤慨する

ずっと東京近辺で生活していると、地方の方の言葉がとても魅力的。
せっかく素晴らしい言葉が話せるんだから、隠さない方がいいのに。(#訛り)
でも、全然変えようとしないヤツには反発したくなる。
ちょっとは東京弁で話せ。
特に関西系、具体的には大阪弁。

あれって、インパクトが強い。
普通にしゃべっていても、漫才かと。
で、標準語しか知らない者は、段々と影響されていく。
いつの間にか、不本意ながら、関西弁が感染ってしまう。
でも、実際は関西人じゃ無いので、エセ関西弁になってしまう。
自分もバイリンガル(日本語+関西弁?)になりたい。

ところで、関東人から見ると、関西弁はみな関西弁。
大阪も神戸も京都も同じに聞こえる。(京都はちょっと違う気がする)
関西の人からすれば、失礼な、と思うかも。
でも河内弁と大阪弁って何が地ガウン年、じゃあ無かった、違うんねん。

そうそう、こうやって大阪弁でタイプすると変な変換をする。
そこで、関西人は考えた。関西弁の辞書をATOKに覚えさせれば良い。
その名も「関西君」(!)
でも、標準語を関西弁になおす訳ではないので、
ネイティブ関西人じゃあないと使えない、らしい。

そう思って諦めていたアナタ!
あなたの夢を叶える方法があったんですね。
標準語を大阪弁に直す(捨てる、ではありませんよ)サイトがあった。
自分で書いた文や、HPそのままを、大阪弁に変換してくれる。
もちろん、自動で、コンピューターがすることなので、限界がある。
間違った変換もあるが、でも結構さまになっているし、
変な関西弁なところも、何だか笑えた。
面白いので、このページ(前回までの分)も変換してみたので、
ここをクリックして読んでみて。
ちょっと落ち込んでいたときに発見して、
少し元気になりました。
ちなみに、勢い込んで、説教準備(ヨシュア記その4)も変換してみた。
神の言葉を取り次ぐ者としてけしからん、と思う方は読まないでね。

メニューに戻る

2月14日
昨日書いた大阪弁変換のサイトは
大阪弁変換Proxyサーバ
http://www.yorosiku.net/yan/osakaproxy.html
でした。それから関西弁の辞書「関西君 for ATOK」は
作者(Piroさん)のWeb Page(http://www.cc-net.or.jp/~piro/)
で、どうぞ。

メニューに戻る